ないねんコラム  2007.11〜
青春贅沢紀行  青春切符を使いきるのに関西の新駅をまわってきた。本当なら東京の撮影データを処理したいが、うごける時に使ってしまわないと、余っては恥じだ。駅めぐりと夕方の関西空港という案もあったが、播磨から琵琶湖までだから、時間的に無理だった。琵琶湖方面は改称駅である。おおさか東線の駅もまだだが、最後は移動時間がもったいないので、島本と長岡京で撮影した。最近はあくまで撮影を優先する。新スタンプが大量にあるが、その為にはうごかないようにしている。
 
駅スタンプの話になるが、神戸支社のシャチハタが非常に悪かった。インクが付きすぎて、後でにじんできたりした。インクが少なくて、均一に模様がうつらないのもあった。しかし、その後の岡山や広島では良くなっている。したがってスタンプ押すのも非常に早く綺麗になった。それが何年持続するかが問題で、短期戦で集めたいが、そうはできない。すでに近い駅はほとんど撮影済だから、遠い駅にどれだけまわれるかが問題だ。
 
乗換えで降りた須磨駅だが、海岸の砂浜から駅舎が撮影できた。これはしらなかった。夕方に島本でEF510を撮影するつもりだったが、来たのは81だった。それから長岡京へ移動する。列車撮影はきびしいものの駅舎が順光でとれた。このようにすでに撮影した駅舎でも夏の朝夕に撮り直したい駅がたくさんある。2008.4.6

東京電車の旅01  一ヶ月振りに東京へ行く。いつもの一番バスに乗り、芦屋から新快速。米原では古い跨線橋がこわされていた。今回は名鉄の支線を撮りたい。刈谷で下車して名鉄に乗換える。しかし、あまり詳しくはない。碧南行きがあったが、考えとはちがうので、反対の知立へ行く。ここはサラリーマン時代に事業所があり、印象がすこぶる悪い。しかし、着いてみれば、本線の光線状態はいいし、支線の方向板付きもとれた。猿投行きと碧南行きで、型式によっては方向幕もある。知立行きは撮りそこなう。晴れだが雲も多く。本線は思うように撮れない。正午頃では太陽も高い。次に新安城へ行く。来た電車はパノラマカーだった。西尾行き電車は割りと新しいタイプで、のらずに豊橋へ行く。ここで119系を撮影する。しかし、昼過ぎでは太陽の向きが悪い。同じ向きだが、豊橋鉄道渥美線も撮影。ここは駅いせつ工事がすすんでいる。電車は東急の中古で、これもポイントが高い。よく曇るし、晴れたら真横ライト。ここは時間をかけたいが、なぜか電池が消耗する。充電タイム確保のため、早く東京に着くように、予定変更した。撮影中は雲が多かったが、移動中はギンギンに晴れている。途中下車したい駅もあったが、我慢するしかない。島田は新築で、南口を撮影した。北口は影だった。富士山は綺麗に雪化粧しているが、下の方がもやっていた。熱海で夕食。そうして、早めに大森着。なぜか巨人ホームラン3連発を見る。泊まった所では充電は黙認という措置だった。聞いてくれるなと言われた。それでもちゃんとフル充電できて良かった。2008.4.3

東京電車の旅02  翌日は大森海岸から乗り、京浜急行を撮影。天気は曇りになるが、ギャラリー号という特別色を撮れた。品川から都心を横切り、四つ木と京成高砂へ。こちらでは北総鉄道や京成の旧型車も撮れて、なんとか目的をはたす。泉岳寺に戻って神保町へ行く。ここでの仕事は一時間できりあげる。しかし、昼食が混んでいた。大江戸線の中井から西武に乗換える。実は西武の写真が一番少なかった。久しぶりの西武は黄色の電車がへり、インフレナンバーになっている。ここで撮りたいのは湘南顔の100型だ。それにしても西武の支線は不馴れな者には非常にわかりにくい。萩山・小川・東村山とまわる。もう一度出掛けたいものだ。夕方に打合せがあり、飯田橋へ行く。それから夜までは時間があまる。神保町のキッチン南海でボリュームたっぷりの夕食。新宿の高速バスターミナルやヨドバシで時間をつぶす。小田急で待ち合わせて、ナローゲージDVDを深夜まで鑑賞した。翌日は5時前に出発した。宿主の都合で。新宿で休日ワンデーパスを買い、大江戸線でまた寝る。それから西武池袋線や東武東上線へ行く。東京メトロの旧型と新車両方が撮影できた。しかし、その前に京王にも行った。時間が早く、薄雲が広がって良くなかった。こちらはいつでも行けるから、明大前の撮影は先送りにする。千歳烏山で撮影したが、古い6000型は一度だけきた。 もう一泊して、青春切符を消化したいところだが、さすがにキツイ。その日の「のぞみ」で帰宅する。

DVD新作 久しぶりの新作DVDがもうすぐでます。今度のダイヤ改正でたくさん廃止になったタンク貨車が入る貨物側線の機関車をまとめました。セメントがこんなになくなるとは驚きでした。化成品は量も少ないし、コンテナ化されたのがたくさんあります。残るのは燃料ですが、これも温暖化では残こす意味が減ります。
DVDでは神岡鉱山と坂祝の入れ換えが見物です。さらに守山の石油側線もかなりのものです。機関車で見せるのは、北旭川・矢板・三島です。元国鉄DD13はイコライザー台車。矢板はカウターウエイト露出のビデオむき被写体。三島は三菱片ボギーの走行。それ以外では石山の木造車庫から出てくるスイッチャー。二本木のスイッチバックも登場します。かなり、内容が豊富です。個人的には専用線との付き合いで、ずっと変化のなかった膳所の日車25トンは思いも特別です。最後に交通事情で間に合わなかった大竹の三井化学もあります。いいビデオ作品ができる条件として、ロケーションがいい事があげられる。撮るポジションがかぎられていては、撮りようがない。坂祝は跨線橋がいい位置にあった。神岡鉱山口は地形的条件で俯瞰撮影ができた。守山はマンションから撮影できた。大抵の貨物側線はそんなに撮る場所はないものだ。まともに撮れない所もある。ホームから撮れたらいいのだが、最近は私有地からの撮影がかなりむつかしくなっている。ところで、そのビデオたが、タンク車は全てSDだった。それからフェリーのHDVデータを読みこもうとしたら、うまくいかない。最初はカメラを認識できなかった。それから設定を変えたら読めるようになったのだが、縦横比がくるっている。それからまた読み込めなくなった。HC3を信頼していたのだが。

充電の旅01  青春切符で岡山へ行った。最近は通ることはあっても、おちついて撮影していない。吉備線を始め、未撮影の駅がいくつかある、早くかたずけ片付けたいし、新駅もある。駅の工事や宇野線復線工事も見ておきたいし。実は来月にアイランドエクスプレスが茶屋町まで来るので、行き先を変えようかとも考えた。しかし、天気は西の方がいい。行けば撮る物はたくさんあり、ついでに撮れるものではないし。岡山に着いたが駅の中はどうにも日があたらない。光線は直角方向になる。吉備線の列車を待つ間に駅前へ行く。橋上駅も初めてだ。電車乗り場手前からバスを撮影した。カメラの電池がへってきたので交換しようと思ったが、無い。先日カメラのナニワで新品を買ったところだというのに、電池はビデオのみだった。ちょうど目の前にビックカメラがあったので、売り場へ行き、窮状を訴えて100ボルトを使わせてもらおうとしたが、あっさり断られた。しかたなく喫茶店で昼食までねばって充電させてもらう。充電は一時間もかからなかった。休憩もたっぷりで、昼食もすます。とにかく吉備線に乗ってみる。キハ40-3000だ。ワンマン車だが、前方視界は確保されていた。備前一宮駅は木造だが夏の朝向き。線路付け替え工事区間もあった。備中高松で下車。いきなり、交換風景が撮れた。近くに大鳥居も見える。ここの駅舎は低ランクだが、日当たりはいい。スタンプを押したいが、人がいない。ところが、後で人が出てきたからたのむと駄目だ。あまり気分のいい話ではない。スタンプ専門ではないので、気にしないが、反感をかう可能性は無いほうがいいだろう。

充電の旅02  岡山にもどるとすぐに宇野線普通があった。こちらは吉備線より本数が少ない。次の大元で下車して、駅名票を撮影し、スタンプ。一時間待つのだが、その間は撮影タイムになる。マリンライナーに20周年のヘッドマークがついている。オデコが光って白とびになる。マリンライナーは児島でも撮れる。下りが少し遅れていたので、上下が並んだ。ところで、備中箕島から久々原にかけて復線工事が始まっている。これを撮影するのも今回の目的だった。マリンライナーはたくさん撮れたし、四国の113も撮れた。岡山に戻って新幹線を撮影する。この時間だと下りが順光になる。しかし、N700進入時に上りが発車して、手前が影になった。次に行く予定の場所は中止になる。ホテルへ向かう。その前が気動車区で、歩道橋から撮影。次のN700も撮る。ホテルの部屋から新幹線が見える。窓を開けて三脚をセットする。それ程の場所でもないが、夕暮れだから雰囲気がある。夜の楽しみは10時半のサンライズ連結作業。岡山から乗る人は多い。反対ホームに宇野行き103が泊まっていたが、撮影に支障ない。先頭も撮れる。翌朝も新幹線撮影で始まる。あまり撮っていない0系リニューアルも撮れた。しかし、撮影条件は後一ヶ月先の方がいい。同じ理由でホームからの撮影もやめて、宇野へむかう。朝の通勤にも103が使われているので、いずれ撮りたい。途中で携帯をホテルに置いてきたことに気づく。
充電の旅03  宇野ではフェリーを撮影。更に直島へ行く。フェリーの上からもたくさん撮れた。島でも港付近の高台からいい感じで撮影できる。本数も多いし。しかし、晴れているがやや靄っている。様子見だけで、宇野にもどる。昼食後岡山に戻って携帯を受けとる。西川原駅に行く。駅の横に就実があるので、駅名票に追加されている。車掌も追加していた。JR西日本の有人駅に新スタンプ設置とのことたが、岡山は先にシャチハタ印になったので、変化はない。しかし、これをまだ押していない駅がたくさんあり、やっかいだ。今後は撮影優先だが、空が少しでも白っぽくなれば、スタンプに切り換えることにする。駅の撮影も近場はほとんど済んでいる。遠くへ行く機会を増やしたいものだ。岡山駅は西口が広くなる。旧ホームや建物を壊していた。東横インが西口に2つもある。しかし、岡山ビジネスホテルの方が千倍いい。最近のスタンプはみんなシャチハタでマイスタンプ台が必要ない。うまく押せる時はいいが、簡単すぎて物足りない。インクが少なかったり、ムラのある時はどうしようもない。今回はスタンプ台をもたずに来たが、普通のスタンプもあるのだから、いつもフル装備でかからないと。それにしてもシャチハタ印は何年もつのだろうか。まだDJ以前のスタンプをいい状態でおいていた駅があったのだが。2008.3.22

雨の田原坂01 久しぶりに九州へ行く。今度のダイヤ改正で廃止になる「なは」を熊本手前で撮りたい。九州は日の出が遅いので、ギリギリの条件だが、後が無いのだからしょうがない。ビデオだけでも撮りたい。出発の日は朝から晴れるというので、六甲島へ行く。ここも朝日狙いだから後回しにできない。まずまずの結果だったが、空は赤くならなかった。次に三木鉄道へ行く。さよならヘッドマークがついている。しかし、すごい霧だ。先に加古川線の電車を撮影する。イラスト車もあり、以前から気しなっていた。そのうちに霧もはれ、石野大築堤で撮影。それから伯備線総社へ高速移動。ユニチカ横に撮影ポイントがある。ここで「やくも」を撮影。新色6連がやっと撮れた。総社の近くだと井原鉄道も来て効率がいい。黄砂の影響で青空がかすんでました。普通は213の2連が多いようだ。やくもは現在4色があり、この状態は記録しておく値打ちがある。植木でなはを撮ったことがないので、ブッツケ本番になる。真っ暗なうちから場所を探して、結局駅撮りになった。ファンが8人いた。出勤前の人もいる。話を聞いていると、夜の駅撮りの話題が多いようだ。

雨の田原坂02 「なは」は光線の当たりも良かった。次に熊本電鉄へ行く。ラッシュで車がこんでいる。たくさんガソリンを使って、いい気なものだ。撮れる場所は少ない。3種類の電車が撮れた。同じ場所でバスも撮れるが、何度も車に邪魔された。次に西里のオリエントカーブへ。どうせ「はやぶさ」も廃止だから、同時に撮る方がいい。その都度来るには遠すぎる。明日の「なは」はこのカーブで後おいに決めた。オリエントカーブと言うのはかつてIカメラマンがオリエント急行を撮影したから。午後からは暇になり、三角線へ。ここはまだ行ったことないから。三角には渡船もあり、駅舎や終点の情景も撮影できた。その翌日は「なは」を撮影して今回の予定終了。後は駅舎撮影と趣味の専用線。八幡駅前で泊まり、葬儀場で新日鉄撮影は3度目でも外れだった。小野田線や宇部線に寄って帰る。

雨の田原坂03 天拝山へ行くと地元カメラマンのK氏がいた。やがて黄色の特急が通過した。改正前にはハプニングがあるものだ。その近くで西鉄も撮影したかったが、空が白くて断念。小野田線はあまり撮るチャンスが無かった。行くと鳳にいた123系が走っていた。運転本数の少ない線だけに、ラッキーだった。目出の側線跡も撮影。跨線橋のある小野田港で電車を撮影した。宇部岬の駅舎は感じが良い。セントラル硝子は貨車が入っていたが、荷下ろしが終わった後のようだった。スイッチャーは2両確認。草江駅に行くと、近所に空港のあるのを発見。行ってスタンプゲット。駅から徒歩8分と書いてある。切符は駅前の西村商店で買う。丸尾駅付近に感じの良い撮影ポイントを見つける。また来ることになるだろう。本線の本由良と嘉川駅を撮影して帰途につく。カーナビは山陽道を指示するが、強引に中国道を走る。まあびっくりの車の少なさ。夕方のサービスエリアでも3台くらいしか止まっていない。

風っこ紀行01  一番バスで出発した。いつもは新快速に乗るのだが、特急「ひだ」を撮りたいので快速に乗る。相変わらずブルトレ撮影ファンが多い。まだくらい暗いのに、何を考えているのだろうか。京都を過ぎるとだれもいない。しかし、「ひだ」の撮れる駅はなかった。米原駅はこせんばしがあたらしく新橋上駅になっていた。117系に乗り換えて大垣へ。ここで「ひだ」が追いついてきた。木曽川で「しなの」を撮影。それから清洲で貨物撮影。名古屋の有名ポイントでファンが多い。しかし、ここで曇ってきた。笠寺に移動して、北側の歩道橋で電車撮影。311系て、待ってるとなかなかこないものです。それまでも見なかった二連の普通が何度も来た。もちろん名古屋臨海も。久しぶりに「ムーンライトながら」に乗る。13席だった。これは一人席だが、端にあり、停車中は寒い。2008.3.6  おまけに指定無し客が近くにいてうっとうしい。こちらにもたれかかってくるのもいる。寝るとバランスを崩して起きる。力強くふりはらうと少し離れた。

風っこ紀行02 東京では地下ホームから総武線快速に乗り換える。千葉方面は久しぶりだ。木更津派出にはジョイフルがあつまっていた。目的を果たして神保町営業。それがすむともう曇りで撮影はできない。東京駅で東北新幹線ホームへ行った。方向幕をチェックしたのだが、山形新幹線についていただけだった。2008.3.7 翌日は運転手付きで「風っこ」撮影。木更津付近の歩道橋で俯瞰を撮る。ファンがたくさん来ると思い、早めに行ったが、誰も来ない。追いかけて後二箇所で撮影。左右とサイドビューが撮れた。途中にはそこそこにファンが撮影している。さらに終点の上総亀山駅で入れ替えがあり、形式写真や正面のカットが撮れた。これだけ撮ればお釣りがくる。木更津のコミバスもあったが、これは撮り逃がす。昼すぎに終わり、京葉臨海鉄道も撮影。せんたんぶ終点の久保田駅入換えや前川の交換を初めて撮影できた。沿線には他にも撮影ポイントがあり、是非ビデオで撮影したいものだ。ラインの色が変わった内房線211系は二回撮影したが、どちらも後部。まだ残っていた113系の方がたくさん撮れた。JFE千葉のサッカー場横は建屋の解体やレール撤去が進んでいる。千葉港で消防艇が撮れた。2008.3.8

風っこ紀行03   翌日は東京の電車を撮影。京急は光線が悪く、東急で何ヶ所かで撮影した。多摩川線に旧型車が使われているのを見つけたが、なかなか撮りにくい線だった。いいのが来て二回続けてカブッた。そんな時には場所を少し変えたらいいのだが、よくわからないし、時間の余裕もなかった。池上線には新車が走ってました。私鉄電車の撮影は朝のラッシュが勝負になるのだが、場所を変える余裕は少ない。光線の向きやビルの影も考えないといけないが、知らない土地での撮影は難しい。一ヶ月後や先の方が良かったということがよくある。

木曽川駅は橋上化工事中、枇杷島も同じで、どちらも明治の駅。古いと言っていつまでも使うわけにはいかない。島田駅はもう完成しているようだから、また行かなければ。青春切符で東海道を西へむかう時、島田行きに乗り、興津で浜松行きに乗り換える。興津〜島田で一本おとしてもロスがない。ところがなぜか蒲原で降りてしまい、時間をロスした。なんでこんな低レベルのミスをしたのかわからない。豊橋では3分の接続で米原行きに乗る。しかし、これは最初に予定していた電車だった。米原では10分以上の接続時間があり、トイレに行く。そして、弁当を買いたいところだが、売っていない。乗り換え客がわんさといるのだから、その気になればかなり売れると思うのだが。2008.3.9

南紀甲種紀行  青春切符で紀勢線へ行く。近場で駅舎撮影がのこって残っているのがこの方面である。駅の数が多いので、先に二日かけて乗車しながら撮影する。ある程度撮ってから車でまわる予定。芦屋で電車に乗った時から雨がふる。さくら夙川駅ホームの端でも3人がブルトレを待っていた。かなり暗い。大阪環状線で待つ間に日本海が撮れた。もうすぐ無くなる3連の紀州路快速に乗る。途中から晴れてきた。相変わらず日根野でトランクをひいて電車を乗り換える人がたくさんいる。紀ノ川の鉄橋工事や市駅方面の高架工事を見て和歌山に着く。ここからは117系。野上電鉄や有田鉄道の跡を見る。由良の三井造船にはふじ丸がいるようだ。御坊はから乗った113系リニューアルは前後の視界が悪い。後部の方が少しマシだが、途中から逆光になり、前へ行く。紀伊田辺では一時間の待ち時間があり、昼食。遅れてきた「くろしお」は国鉄色だった。龍神バスや明光バスも撮影する。次に乗るのはリニューアルの105系になる。こちらの方が少しはマシか。一気に新宮へむかう。交換待ちで撮れた駅舎は一つだけ。新宮では熊野交通のバスを撮りたいが、なかなか条件がきびしい。もう少し後で来たほうが良かった。105系の型式写真も撮影。その後DD51も登場。動きが遅く、ギリギリの条件だった。トンネルにナンバーが付いているのはJR東海だけかと思っていたら、紀勢線のトンネルにはナンバーがついている。最近即けられたようだ。ちなみに、No1は新宮の鵜殿寄りにある。駅舎は古いのがたくさん残っている。

JR東海非電化路線 新宮駅は朝が順光で、ホテルの窓からも撮影できた。7:40発の多気行きはキハ48-6000 だった。キハ11でないのは残念だが、なんとか前方視界は確保されている。しかし、車内からの写真はあまり撮れないままに、熊野市で下車。乗ってきた車両を反対ホームから撮ろうとしたが間にあわず。天気は良く、駅舎撮影はうまくいった。次に乗る列車をチェックすると走らないのに気づく。昨日も明日も走るのに。熊野市3時間滞在になる。特急で尾鷲へ行ってスタンプをかせぐ案と、熊野市長期滞在案があり、後者にする。バスも撮れることだし。天気のいい時にはあまり動かない方がいい。駅付近の鉄橋で重連貨物や特急を撮影。北山村営バスや三交南紀、熊野市実験バス、名古屋行き高速バスを撮影する。その後はほとんど乗りっぱなしで多気亀山柘植草津とあわただしく乗り換えて帰宅した。二日にわたっていい天気で暖かく、冬装備ではのぼせそうになった。

南紀の思い出 私が南紀に初めて行ったのは1976年の夏だった。それまでにも白浜までは行っているし、紀伊田辺までならバイトで何度も行った。初期の目的はDF50やキハ81等。その後も多種多様な車両をおいかけたものである。貨物側線も多く、スイッチャーの宝庫だった。とりわけ5トン移動機は多かった。貨物は鵜殿だけになったが、電車気動車の種類はあいかわらず多い。朝来駅のセメント側線はまだ施設が残っていた。なくなる前に記録しておきたい。ここはお決まりの15トン機がいたが、機関車もまともに撮影できなかった。紀州鉄道は相変わらず御坊駅の片隅から出ている。元大分車だった。いつも見ていると、有りがた味がないのだが。御坊のバスはなぜか現れず、紀伊田辺では龍神と明光を撮影。新宮で熊野交通、熊野市では三交南紀・三交・北川村をそれぞれ好条件で撮影できた。今回不調だったのはスタンプで、尾鷲が押せなかった。その代わりには新宮でウォータージェットの印をゲット。貨物はついでの撮影に終始した。夕方の新宮で転線を撮り、朝は熊野市の鉄橋で青赤重連を撮影。重連はもう終わりのようだ。

伊勢崎市限定 近江鉄道の貨物は物足りなかったですか。どうもすみません。南海貨物は期待しないでください。写真と簡単な説明だけです。写真は少ないし、まだ構想の段階です。

さらばニフティ 11年間お世話になっていたニフティを解約しました。ネットで解約できるのでしょうが、うまく繋がらず、電話でできました。IDと名前だけで簡単に抜けられました。最初は鉄道フォーラムをよく見ていたのですが、度重なるシステム変更についていけずに脱落し、ホームページとメールのみで続けてきた次第です。一度契約したら、後はダラダラと長期にわたって使い続けていました。2008.2.25

 進歩の無いのは出版流通の世界。すでに何十年前にすばらしいシステムが構築されており、改良の余地は無い。関係者に改良案を提案すれば、その十倍くらいのお返しがきます。最近でも新刊が出なくても注文はくるものです。これで在庫が少しずつ減ってきます。しかし、後で同じくらいの返品が戻ってきます。これでは出版はなりたたない。給料を払っている会社はどんどん倒産しています。しかし、本はいいですね。開くとすぐに読める。アカウントとかデバイスとかいう言葉も聞いてこないし。本はなるべく一階に置きましょう。二階が重たいと地震で倒壊の危険があります。

大阪東部散策 百済貨物駅もコンテナ専門になり、構内はずいぶん変わっている。貴重な非電化路線もいよいよ無くなり、機関車はどうなるのだろうか。電車からはDE10DD511両ずつ見えた。ちょうど、吹田行きDE10の貨物があるので、鴫野へ先回り。その前に久宝寺駅で「おおさか東線」訓練運転を撮影。この日は103系だった。久宝寺は竜華操車場の左右に分かれてホームがあったが、今は一つにまとまって、大躍進である。天王寺と京橋の乗り換えに時間がかかり、貨物に間に合わなかった。放出へ行くと223の試運転も来た。放出駅は南側に高いマンションができたので影が多く撮りにくい。鴫野駅でも207系電車を撮影してから、岸辺へ行く。ここのホームはファンが多いのだが、夕方の方が多かったのか。10人以上いた。ちょうどくろしおの試運転をやっていた。それにしても日が長くなったものだ。しかし、その後季節は逆戻りで、冷え込み復活。

青春18廃止 早いものでまた青春18切符の季節が近づいてきた。いつものように西九条へ買いに行った。その都度延伸線工事を記録している。今回はすでにJR線をまたいでいた。まだ完成でてはないのだが。西九条で買うのは赤い常備券で二枚購入。それに紙が付いていて、この様式は今回が最後とのことである。次回からはマルス発行になる。他の駅でも同じなのだろうか。

 いい天気だし、関西線の工事も視察した。本当は京阪の撮影だったが、直前に変更である。実は加美〜平野の貨物線高架工事にも興味がある。午後からの方が光線がいい。ニュースを見ていたら、加美で新大統領が誕生したようだ。これから注目されるかも。私が行ったのは中3の時でした。「近畿地方のSL」参照 それから柏原駅まで行く。関西線の電車もすでに201系が増えていて、デイタイムで確認した103は1本のみだった。それを撮るのに柏原まで来た。駅舎は新築工事中だったから、完成したらまた来ないといけない。

和田岬 そういえば和田岬の旧国はまだちゃんと撮影していないのでは。今は103系が老体に鞭をうって最後の務めを果たしている。以前は兵庫駅できれいに撮れたのだが、今は直線区間で撮ることになる。行けばいつも太陽が正面になる。冬場なら右向きが撮れるので行こうとしのだが、ようやく条件がそろってでかけたら、もう遅かった。最悪の条件である。12月か3月以後がいい。ここは、踏切を通勤者がたくさん横切るので、それをからめて撮ることもできる。それならもう少し暖かくなった方がいい。この日は甲種があった。東京の通勤車が出る。牽くのはDD51になる。DE10なら何度も撮影しているが、DD51はあまり撮っていないような気がする。工場の出口で撮影した。川崎重工では泉北高速の電車もできていた。その他輸出車両もある。北海道で使うDF200もあり、これは2/27に出るのだろう。撮影は10時すぎに終わったが、その後雲が増えてきた。

私鉄貨物ついて 私が専用線の機関車に興味を持ったのは1970年後半からで、まだまだ貨物を扱う駅も多く、かなりの駆け足で回っていた。行きたい駅をリストアップして、できるだけたくさん行きたい。うまくホームから写真が撮れたら次の電車で移動していた。当然撮るのは機関車のアップだけ。それがどのように使われているかなどは考えもしなかった。さらに興味があるのは、情報の少ない専用線で、そこですごい掘り出し物に出会うのを期待して、出かけたものである。私鉄の機関車は結果がわかっているだけに、特に珍しい物以外は行く余裕もなかった。しかし、何年も続けているうちに新種に出会うチャンスも減り、両数稼ぎで私鉄にも行くようになった。さらにビデオも撮影するようになり、動く姿に関心が高まる。その頃にはかなり貨物が減っていた。同好者も一度行くと終わりというケースが多く、最新情報は聞こえてこない。何時にどのように動くのは自分でしらべないといけない。大抵は一日一回で、効率か悪い。毎日動かないこともある。全盛期には一日数回は動いていたような気がする。

 私鉄ファンは大抵が電車ファンである。そもそも貨物に興味のある人は少ない。そのほとんどは車両ファンということだ。私鉄貨物の運転に興味を持っていた人がどれほどいるのだろうか。古い時代は専用線のSLで、それを撮る人も多かったのだが、無煙化により姿を消した。興味があるなら自分で調べるしかない。本で調べるのは無理がある。南海の貨物は何度か撮影しているので、記事にはまとまりそうだが、内容はあまり無いと思っていただきたい。新東京タワーで話題になっているあたりの貨物なら何とかまとまるか。写真は集まりそうである。内容も期待しています。そういえば、「関東のEL」という本に写真を使ってしまったか。まだ売り切れていません。北千住の駅撮りは良かったですね。

番外録 先日読者の方からお手紙をいだいた。私鉄の貨物について、もっと発表してほしいとのことだった。すでに別府鉄道や近江鉄道は何度か撮影していたので紹介してある。さらに北海道の運炭鉄道についても分散して紹介している。それ以外はあまり撮影していない。大抵は訪問回数が少なくて機関車だけ写して終わりというパターンだった。最近は他の方々の写真を見せていただく機会も増えているのだが、貨物関係をたくさん撮影している人には出会っていない。もし、どなたか協力していただけるのなら、ご連絡下さい。先の手紙の方も述べられていたが、ある程度古い私鉄の方が、貨物の記録がある。例えば、北国の汽笛の星良助さんも、私鉄を訪ねると貨車もできるだけ撮影されていた。したがって、北海道や東北の私鉄貨車をかなり紹介させていただいた。しかし、昭和40年を過ぎると、貨物の記録は減っている。他に撮る物が増えすぎたからだろうか。その頃は使用でるフィルムも多くなっているのだが、電車だけ追っていても、一人では撮りきれない。写真というと大抵は車両である。線路や施設の記録はさらに少ない。今でもまだ撮れる部分がるので、せっせと撮影している。側線跡もいずれは無くなるだろう。ビデオの記録もDVDにまとめているので、興味ある方ご覧いただきたい。限られた所でしか販売していませんが。こちらの方が情報量ははるかに多いと思う。発行日未定だが、次の番外録に南海の貨物を予定しています。撮ったのは堺・天王寺・東松江のみですが。現存の貨物側線跡も加えてまとめる予定をしています。第一特集はもう決まっています。

スキャナーの話題 今朝用事をしながら何気なく机の下の足元にあった箱を調べる。これはフォトライブラリーからの返品だったが、ここから国鉄の35ミリカラーがたくさん見つかった。ざっと300枚くらいあるだろうか。気になっていた名古屋の211系旧色もある。少なくて困っている関東のポジも少しは増えた。北斗星の登場当時の写真もある。しかし、赤いDD51の北斗星が出てこない。依然として見つからないのは一畑電鉄と阪急2250。すでに処理したのがまだ2000枚にも達していない。おそらく全体で30000枚と見ているのだが、この作業は何年か続くことになる。同じような写真を何度も撮るので、どれを選ぶのかが、だんだん困難になってくる。パソコンのフォルダーを開いてチェックするのも限界にきている。一覧できるサイトを立ち上げればいいが、それにも時間がかかる。ストレージを使うといいのかな。選ぶのに分類分けはどうするのたろうか。それにしても発表されていない写真でも、まとめて見ると興味深い。震災後の部分開通方向板もたくさん撮っていた。これもまとめておかないと、完全に忘れてしまいそうだ。

三木鉄道 廃止になるというので行ってきた。珍しく一日中快晴で暖かかった。月木曜は朝に用事があり、着いたのは昼前になった。沿線にファンは20人ぐらいと、かなり多い。今進めているスキャナーでは、三木鉄道はあまり無く、しかも初期のレールバスが多い。ボギー車は二回だけで、しかも西這田の同じ場所で撮影している。廃止前に様々な駅や区間で撮影しておきたいし、駅の写真も撮りたい。駅は石野駅が古い木造のままだ。三木駅も古く、貨物ホームも残っている。別所も古い。国鉄時代の姿をできるだけ残すように気を使っているようだ。撮影地は石野〜下石野の大築堤がいい。俯瞰は下石野〜宗佐である。コミュニティの「みっきいバス」も走っていた。ここまで来ると加古川線や北条鉄道にも行きたい所だが、我慢して三木鉄道全区間撮影を敢行した。2008.2.11

西宮豪雪 雪が降ったが、遠くへ行く気も起こらない。若かったころには、雪が珍しくて、あちこち出掛けたものである。だから主な線区の雪景色は撮影している。しかし、支線まで全部そろっているわけではない。今すすめている企画の続きで、阪急甲陽線も撮る必要があり、ちょっくら撮りに行ってきた。ところが、行くと細かい雪になっている。これでは写らないではないか。それでも二本目からは少しましな雪になった。最近の甲陽線は日中も二台運転で、苦楽園口交換が撮れるのもありがたい。駅の前後で撮り、さらに葬儀場横の直線と甲陽園駅を撮影する。これで、ある程度の枚数とカット数が稼げたと思う。家に帰ると、さらに雪が大きくなり、本格的な雪景色になってきたが、もう外に出る気力はなかった。2008.2.9
 しかし、ホームページにアップしてみると、かなりレベルが低い。しかたなく撮り直しとなった。今度のほうが雪が大きいし、地面も白い。

京阪紀行 京阪電車を撮ろうと思ったのだが、その気になるといい天気にならない。半ば強行的に行ったのだが、ほとんど曇ってた。晴れの部分も少しだけあったのだが。もっとも、天気が悪くても、撮り残しの駅がまだあるから、そちらを消化できる。車両の方は特に何を撮るという目的は無かったのだが、行けは3000の急行が撮れた。特急マークの部分が方向幕のようになっているが、小さくてよくわからない。目も悪くなっているし。それでも珍しいものを撮った気分になる。特急色の1900も撮れた。これはインパクトがある。私は13001700も撮影しているが、なぜか1900は初期には撮っていない。1990年代に撮っていて、顔が新しい。その写真もなぜか見つからなかったのだが、ようやく発見してスキャナーした所だった。京阪電車は顔だけ新しくて、側面や車内がやけに古い感じがする。阪神間の住民にはほとんど縁のないというのが京阪電車である。いっそ梅田にのばして阪急か阪神と相互乗り入れしたらいいと思う。淀の高架工事も始めて撮影した。上下線のホームがかなり離れていて、不便だった。2008.2.8

甲種回送 久しぶりに甲種を撮影。今回は東京で使う電車の回送があった。川重を出る日と、本線回送の日がちがっていた。まずは出場を撮るのだが、大抵の場所ではもう写しているので、新長田ホームにする。ここはEH10重連の頃に200ミリしかなくて、ちゃんとうつせなかった。その後、300ミリを使い始めたころには撮れなくなっていた苦い経験がある。最近は電柱が気になるが一応は撮れる状態になっている。ファンが増えているので、早めに行って準備する。9:05DL下り回送がある。9:39103回送。9:50川重行き回送。本番は10:50。新長田駅は上りホームにうどん屋がある。体が冷え切ってしまい、鷹取移動はやめて、駆け込んだ。なみにファンは一人も来なかった。翌日は天気が悪そうであきらめかけていたが、予想が外れて晴れていた。これは家の近くで順光撮影する。逆光側には数人のファンが来ていた。

ポジ行方不明 最近は寒くて仕事になりません。ホームページの更新も滞ってしまいます。年末から続けていたスキャナーですが、ようやく1500枚を越えたあたりです。まだまだ少ない。作業を続けているうちに、どうしても見つからないポジがあります。京阪1900とか阪急2250とか。一畑の旧型車もたくさん撮っているはずなのに出てきません。恐らく古くなって別の箱にまとめて移動させたのでしょう。あちこちの棚を探しているうちに、古いカラーネガが出てきました。ネガなんか撮影したのは学生のころです。かなり懐かしいものです。これも早速スキャナーしました。中部地区のSLがかなり変色していましたが、それ以外はなんとか見られるようです。阪急デイ100なんかもありました。それにしても、かなりケチケチした撮影をしていました。もっとたくさん撮ってたら良かったのに。途中でフィルムを抜いたりして、二重露光になっているのもありました。

古いカラーネガ なにぶん若い時に撮影したもので、技術的には劣りますが、色が付いているだけでもうれしいものです。広島で撮影した安芸は当時としては珍しくヘッドマーク付きで、カラーで撮るべき被写体でした。広島駅到着の停車時に撮影しています。
D51は夕張線の最終日です。これはポジですが、ブローニーのスキャナーはなかなか手間がかかります。しかし、珍しい写真が大量にあるので、これからボチボチ進めないといけません。
 ちなみに夕張線でSL貨物列車の最終日。紅葉山から十三里に向かっています。今は廃線になった区間です。それにしてもすばらしい線区が最後の舞台になったものです。この日の夜に
夕張駅発車を撮影したのが、学生時代最後の思い出になり、それからは内燃機関車に転向したように思います。しかし、電車ももっと執ってけば良かったなと、最近になって反省しています。なんでも撮っておけば、やがていい事があるのでは。
小屋浦再訪001  青春切符の消化で広島へ行った。目的は旧型の103系や105系撮影と呉線駅めぐり&スタンプ。芦屋から快速に乗ったのだが、間違いにきづき三ノ宮で新快速に乗り変える。姫路の連絡が厳しいので、間違いはロスが大きい。姫路ではわずかな連絡時間で別ホームの電車に乗換える。階段から遠いところから時間がかかったが、なんとかすわれた。青春切符は少ないようだ。岡山駅は橋上駅工事がかなりすすんでいて、構内がくらい。岡山支社印もまだの駅があり、少しかたづける。三原から呉線に乗るが、偶然にも快速マリンビューだった。マリンビューは1車が自由席で地元客も多い。車内に記念スタンプがある。少し遅れていて、呉行きが広行きに変更。広はかつて通勤列車が並んだ有名撮影地。今も留置線があり、外から車両写真がとれる。次の安芸阿賀は堀江行きフェリーがある。しかし、駅員不在でスタンプ押せなかった。呉では駅前で市バスを撮影。吉浦は立派な駅舎がのこっていたが、ここも駅員不在。そして約40年振りに小屋浦駅下車。すでに夕方になっていた。駅舎は建て替えられて新しい。昔の駅は覚えていない。ここでの体験はかなり刺激的だったが、体力精神共に疲れきっていた。駅周辺は開発がすすんでいるが、バックの山は上の方が変わらない。撮影はここで終わり。いくつかの駅でスタンプを押して、広島のホテルへ。2008.1.18
小屋浦再訪002  翌日は8時すぎにチェックアウト。晴れているが、光線はひくい。それでも駅前で広電とバスを撮影。この日はスタンプより電車の写真を撮りたい。しかし、いい駅がない。吉浦まで行き、スタンプ押して折りかえす。呉ポートピアでフェリーを撮影。軍艦も二隻通過した。それから小屋浦へ行くと光線が良くなってきた。そこに来たのが快速マリンビューだった。103
も少しだが撮影し、次は可部線へ。昼前から薄曇になる。駅舎を撮りたいし、電車も撮りたい。下祇園と古市橋へ行く。本線に戻り、横川〜五日市の駅撮影。これで任務終了となり、三原姫路乗換えで帰る。
小屋浦駅はメジロ型の駅舎でユニークだ。それ以外にも新築の駅は多く、安芸阿賀駅も新しい。矢野駅は工事中だった。工事といえば、姫路駅の支線高架工事も進んでいる。広島駅は本線の大きな駅では昔の雰囲気が残る貴重な存在となっていた。日中は広〜三原で105系が走る。トップの編成がいたが、これは岡山から移って来たようだ。可部線の古市橋駅は対面ホームで写真は撮りやすい。
小屋浦でどんな体験をしたかは、拙著「中国地方のSL」をご覧いただきたい。

六甲島のフェリー 本日の朝の六甲島は阪九の「やまと」と「さんふらわあ」が3隻確認。これは滅多にないことではないか。まずは阪九フェリー。通常は「せっつ」と「すおう」で運航されているが、ドック入りで泉大津航路の船が入る。111日〜16日に「やまと」、122日〜29日に「つくし」が神戸に入るようだ。

 ダイヤモンドの方はかなりの変化がある。去年の11月に「さんふらわあごーるど」が入り、「ごーるど・にしき」「こがね・スター・ブルー」「あいぼり・こばると」のセットで運航されている。六甲島に「にしき」と「こがね」が入れ替わりに入港するケースもある。沖に停泊していたSFはあたらしい「ぱーる」だったのだろうか。116日からは減便で「ぱーる・ごーるど」「こがね・ブルー」の組み合わせになる。さらに27日には「ブルー」が「にしき」に変わる。その後はわからない。旧ダイヤモンドフェリーの船体は見られなくなりそうである。間違ってたらごめんだが、117日〜28日にかけて隔日で朝8:40に大阪南港着の便が「ブルーダイアモンド」になるのでは? これって珍しいのでは。2008.1.13

去年の結果 2007年の撮影データをまとめている。撮影順のデータはその都度DVDに残しているが、その総集編である。アイテムでまとめて、DVD4Gサイズに分類して記録し、さらに外付けHDに移す。本体のデータは捨ててしまわないと、データが溜まって動かなくなる。外付けHDへのコピーは大容量になるとうまくいかなかったのだが、今はOSXで起動して、問題は解決した。ところで、去年の撮影量は一般写真32G、駅関係が21Gだった。枚数は駅が約11000カットである。DVDは両方で14枚になる。CDで何枚と言っていたのはわずか数年前のことだった。もしもフイルムで撮影していたら、少なめでも100万円はかかる計算になった。今使っているHD500Gで、そのうちの300Gをすでに使用している。この調子ならあと3年でいっぱいになる。それまでにはブルーレイになっているのだろうか。

 パスネット廃止 京急の駅で見たのだが、今年の1/10でパスネット販売は終了。開始は2000年で、短い歴史だった。3月に自動改札は受付なくなり、その後も券売機では使える。関西でもプリペードカードの使用は減っているようだが、一日カードや株主カードの使用も多く、当分は使い続けると思われる。以前、スルカン2デイを羽田空港で買ったと書いたが、京急品川の一階案内所でも売っているという情報を得て、早速買ってきた。ここで売っているという表示はなかったが、言えばすぐに買えた。

東北紀行  青春切符で東へ向かう。例によって出発は遅く、昼前。天気は昨日までの好天とはうって変わって、雨が降っている。大府や逢妻駅を撮影したが、異常に暗い。静岡で夕食、373系普通で川崎まで行き、大森で泊まる。
 
翌朝は大森海岸駅から京浜急行にのる。晴れているが、光線の向きが悪い。どこかで良くなるだろうと思い、金沢八景まで行った。ここにはデュアルゲージがある。京浜急行は少し古い電車も走っている。しかし、鎌田〜品川で撮影しないと、効率が悪い。朝に手間どったので、昼からの部がきびしくなった。泉岳寺で都営一日を買い、神保町で営業。それから新馬場で撮影したが、すぐに影がかかってしまった。それから2社訪問し、夜はまだ撮影していなかった「あけぼの」のレディースゴロントを撮影。大森にもどる。
 
翌日が東北で、郡山まで行った。着くやいなや、見たことない車両がたくさんとまっていて、忙しい。駅前の福島交通バスも古いのが多い。郡山へ行く予定はなかった。東京から6方向への幹線の中で東北線に最近は行ってなかったので、駅撮影とスタンプ集めを予定していた。範囲は大宮から黒磯で、時間があまれば両毛線へも行きたい。ところが、途中の駅で磐西快速「あいづライナー」のポスターを見て、急に行きたくなった。時間的には十分余裕がある。ところが、郡山へ行ってみると、その快速は週末のみの運転だった。なお、沿線には気になるスイッチャーも見えた。放置ロコもあるが、再調査の必要なものもある。2008.1.7-10
さくら市 2005年に氏家町と喜連川町が合併してできた。我が家の近くの「さくら夙川駅」とは関係がない。佐倉市とはさらに関係ないだろう。蒲須坂駅に降り立ち、初めて知った市である。その時はすでに日が沈んで暗かった。スタンプだけが目当てで降りたのだった。駅スタンプには近くの観光地や文化遺産、特産品などが紹介されているのだが、ここの説明では「鉄道写真好適地」とある。こんなのは初めて見たような気がする。どうも荒川鉄橋のことを言ってるらしい。イラストはEF58-1になっている。EF58か現役の頃に名所だったのだう。しかし、ここには北斗星を撮影しに何度も来ている。田圃の真ん中で撮っていたのだが。私は記憶力と理解力に障害がある。それですぐに気づかなかったのだが、この駅は近々POS発券が無くなるようだ。そう書いてあったから。それならスタンプも無くなるのではないか。もっとたくさん押しておけば良かったと、電車の中で思いついた。

仕事始め  やけに晴れている。雪ではなかったのか。こちらはすっかり雪モードで、目ざすは湖西線。北小松まで行く。到着前に日本海とすれ違うタイミングの悪さ。雪はたまに舞うが、段々晴れてきた。もっと奥へ行くといいのだが、堅田に戻って昼食。更に昼の部もあったが、場所を変える。山陰線も候補だが、こちらは朝の方がいい。東羽衣に行くことにした。何も正月に行く所でもないが、行けば支線の電車をたくさん撮れたし、鳳で103を撮影。踏み切りを渡る人が多いのは大鳥大社の参拝客だった。それからヘッドクリーニングのサインが出たので帰る。2008.1.1

 
スキャナーはすでに1000カットくらいしたと思う。200を単位にJRや国鉄私鉄等に分類している。国鉄はブローニーがたくさんあり厄介だ。ポジのある箱も複数あり、あまり開けない箱に堀出シ物がある。なつかしい写真が出てきて思い出に浸ったり、撮ったはずの写真がなかなか出てこなかったりする。後何カット処理すればいいのだろうか。気の遠くなる作業だが、やりだすと楽しい部分もあり、年末年始の夜はこれに没頭していた。

年末の大和路  恒例の年末年始乗り放題を使う。今回は大荒れの天気になるのかと思ったら、快晴だった。それなら先に阪神の新車を撮影したい。本線6連の営業をまだ撮っていない。しかし、今日も走っていなかった。奈良方面の未撮影駅をかたずける。あまり撮りがいの無い駅が少し残っている。新しい郡山駅や木津駅、片ホームの西木津駅を撮影した。法隆寺は新駅完成しているが、次回にする。平城山は曇りなら降りる予定だったが、晴れていたのでやめた。夏の午後ねらい。和歌山線の電車に乗ったら、途中でとまった。架線にビニールがひっかかる。一時間くらい止まっていた。前後の電車は適当に折り変えて運転されたようだ。乗っていた和歌山行きも高田から奈良行きに変わった。付き合っていられないので、王寺に出て、関西空港へ。夕日を狙ったが、ただ風が強いだけだった。
 
最近はスキャナーばかりしている。懐かしい写真がたくさんある。これらもいつかまとめてみたいものだ。とにかく数が多いので、時間のかかる作業です。2007.12.31
 それでは来年もよろしくお願いします。

忘年名鉄紀行  今回は青春切符をまだ使っていなかった。予定しても中止になる。今回は京都での忘年会にひっかけて、名古屋まで行った。セントレア行き特急や上飯田連絡線関係を撮りたい。天気は良かった。そこで姫路駅新幹線という案も出たが、やはり遠い方を優先する。滋賀県内は曇りだった。愛知県はまずまず。名古屋から岐阜にむかって何ヵ所かで撮影する。常滑線人身事故でダイヤが乱れているというアナウンスがあった。最初は気にならなかったが、岐阜の手前で長く停車した。その間に車内から笠松町と岐南町のコミュニティが撮影できた。運転指令の不手際があったようだ。と、運転手がボヤいていた。岐阜から新鵜沼へ。こちらはパノラマカーが普通で使われていた。犬山へ行き上飯田の電車を撮影する。ピンクの帯で、甲種回送を名古屋臨海で撮影したことがある。それ以来の対面だった。犬山ではも一つだから、二駅先で撮影した。電車の遅れで、ここまでしかとれなかった。小牧線は午前に片ポール左むきが撮影できる。金山へ出て、JRでもどる。この日は割と暖かかったが、米原は冷えこんでいた。京都の忘年会をこなし、深夜に帰宅した。2007.12.27

大阪高速鉄道 神戸高速鉄道の写真を探しに万博記念公園にも近いN氏宅へお邪魔した。しかし、あると思ったのは神戸地下鉄の写真だった。その翌日に大阪高速鉄道を再訪する。それは天気が良かったから。冬場の晴れでは昼前後撮影が多くなる。まずは大阪第一車両所を撮影する。これはガラス越しになるので、特殊な装置を持参する。次に太陽の塔とモノレールを撮影。これはうまくいったが、太陽の塔は、よく見ると工事中だった。従って遠くから撮っただけ。近づくには、手前に入場ゲートがある。有料だったのかな。エキスポランドは休業していた。しかし、太陽の塔は世界的観光資源だと思うのだが、あの値打ちは理解されていないのだろうか。塔の周りの木も大きく伸びていて、やがては緑に埋もれてしまうのだろうか。それから、モノレールのビデオ撮影。上淀川に移動して大阪の夕暮れを撮影。気持ちはブルックリン橋だが、結果はかなり違う。2007.12.20

四国への道 我が家から「にいはま」へ行くには阪急バスの直行便がある。しかし、これは四国ではなく、芦屋市の新浜町である。四国の新居浜へ行くのに、カーナビで調べると、淡路島から高松経由になった。これはちょっといかがなものか。淡路経由はわかるが、鳴門から川之江へは直線ではないか。高松道と徳島道は連絡が悪いように思う。帰りは瀬戸大橋を渡りたかったので、坂出付近から家までの距離を比べたら山陽道経由の方が30キロ位遠いようだ。しかし、竜野太子バスパスや姫路バイパスを利用できるので、高速代は安くなる。時間的にもあまり変わらないように思うのだが。

 久しぶりに与島パーキングエリアに行った。ここに寄るのは久しぶりだが、土曜の夕方だというのにかなり空いていた。広い駐車場に車が10台くらいか。橋の交通量自体が少ない。みんなカーナビで明石大橋へ回ったのだろうか。時間の余裕があればフェリーを使うほうが安い。宇高フェリーに乗りたかったが、それは次回にしよう。

瀬戸内紀行01  朝早くに出発するつもりだったが、起きたら6時だった。まだ真っ暗だが、阪神高速は結構混でいる。目的地を新居浜にしたら、ルートは鳴門高松経由となり、少し首をかしげる。今回の目的は「おれんじ7」で、昼前には新居浜に着きたいから、一般道をはしる余裕はない。最後の一区間だけ下に降りて、駅を撮影した。関川駅は駅舎がない。ここは火災でなくなった気がする。新居浜フェリーターミナルは正午前後の光線が悪い。しかし、港外でホープとすれ違うので、それをねらえば良かった。ホープ到着を撮ってから今治へ行く。高速は使わない。使っても初めての場所で時間の余裕がない。走りながら、「せぶん」の東予接近が見えた。島バックでいい感じ。今治ではダイヤモンド寄港だが、タッチの差で撮れなかった。後で、漁港の防波堤から来島大橋をバックにとれたのだが。出港時には曇りだった。駅を撮影しながら新居浜に戻り泊まる。2007.12.14
 

瀬戸内紀行02 翌日は朝のせぶん到着を撮影。その前に新居浜市営の大島行きフェリーがあるのを知る。フェリーターミナル対岸の反対側。黒島というから、以前は島だったのだろう。せぶん到着は7:50、ギリギリで太陽が間に合う。回転するので全方向が撮れる。それから市営フェリーをもう一度撮影する。新居浜フェリーターミナルの先にキャンプ場や人工砂浜の海水浴場がある。そこから出港が撮影できる。気がつくとホープはもう沖にいる。せぶんも少し早めに出港した。難無く撮影し、今治へ移動する。昨日より30分早く着いた。今治では別の場所を探したが、結局昨日の防波堤へ行く。小さなフェリーもとれる。やがて、「さんふらわあ」が来島大橋の向こうに見えた。雲が多くなってきたが、晴れている部分でとればいい。こがねだった。接近した時は曇りだった。この航路はダイヤモンド便のはずだが、ゴールドが入ってから変化している。やがては旧ダイヤモンド船体が無くなるのだろう。

 話は変わるが、尼崎の丸島可動橋は固定橋に架け替えられる。現在工事中。

六甲島の朝  最近は早朝に目が覚める。これが進行すればオ○○が必要になるかも。この時期はフェリーの撮影がいい。そこで、大阪南港と六甲島へ行った。南港は東向きなので冬は南側からの日当たりが良くなる。六甲の方は夜明けの雰囲気がいい。やっと新造の「さんふらわあごーるど」を撮影した。その日のコンディションは悪かったから、また撮り直しになる。こちらは家から近いのがありがたい。
 
青木の東神戸フェリーターミナルには何度も行ったものである。今から20年くらい前の話か。当時は船の発着が多く、一日中出入りしていた。フェリーも撮りたかったが、目的の半分は新明和の飛行艇だった。大阪南港の方は行った回数は少ない。残念なのは弁天埠頭を知らない事で、関西汽船とは縁がうすかった。今なら時間を調べて、条件のいい所で待つのだが、当時はあまり考えずに撮っていた。
 
最近のフェリーだが、変化がはげしい。毎年のように変わる。だいたいは減る方向にむかうのだが、韓国中国向けは増えるようだ。先日常石で撮影したシャトルも韓国に向かった。そして日本向け航路で戻ってくるのだろう。

能勢電鉄と大阪高速 久しぶりに能勢の妙見口まで行った。というのも最近は古いポジをスキャナーしているので、能勢電鉄の写真を見てまた行きたくなったから。ここも新性能化以後の変化が複雑でおもしろい。山下の先を走る2連はあまり撮るチャンスがないので、電車で出かけた。スルット関西の乗り放題を使う。近くてもったいないが、大阪高速とセットで出かけた。
 不安定な天気で妙見口では曇りだった。逆光側のカットを撮影する。しかし、ヒゲ付きはこなかった。
 大阪高速は全駅にスタンプがあるが、ほとんど押していなかったので、全駅撮影も兼ねてでかけた。しかし、列車撮影の方で収穫が多かった。モノレールは車体が下に伸びているので、シチサンで待っていても、来たら縦位置になったりする。広告塗装も多いが、何度も撮影できるので、変化があっていいだろう。原色でもオレンジ帯のがあった。新駅に豊川駅がある。駅撮影は途中で日没コールドになった。また行く価値のある線で、今度はビデオを持って行こう。
朝のスキャナー 最近の日課は古いポジのスキャナーです。いつもやらなくてはと思いながら時間がたってしまうものです。フラットベットで一度に12枚スキャンします。サイズは350でキャビネくらいです。時間がかかるので、二度寝したり、食事したりします。
 今の所JR初期の写真やちょっと前の私鉄の写真を主に取り込んでいます。なつかしい写真がいっぱいあります。ジョイフルトレインや各地の急行列車等、今とは想像できないくらいのたくさん種類がありました。
 さらに国鉄や鉄道以外の船や飛行機も取り込みたいのですが、いつまでかかるのでしょうか。膨大な量ですが、少しずつでも続けるしかありません。
 それにしても一日12枚は少ないですね。それでも30分くらいはかかります。だれかやってやろうという人はいないでしょうか。2007.12.2
URLが変わりました 長年にわたってお世話になっていたニフティとも別れ、パソコンも新しくなりました。調子の悪かった以前のパソコンも新しいのが来たらちゃんと動きます。心機一転で更新もやりたいのですが、依然としてRUNがつながりません。マックから画像を送れないのです。
 今度のパソコンはDVDが見られます。焼きのチェックが楽になりました。そこで、久しぶりに「スイッチャー西日本」なんかを見たのですが、自分で言うのもなんですが、よくもあんなのを撮っていちものです。DVDの新作は伊丹空港2000年。ちょっと前のような気がしますが、今とは大違いで、たくさんの航空会社や塗装で賑わっていました。
神戸港  最近はよく行くようになった。先日も帆船二隻が入港し、帆を広げた。帆船なんか撮影するのは何年ぶりだろうか。かつてはかなりの意気込みで撮影したものだが、その結果は芳しくなく、長い間ターゲットからは外れていた。今回は港で停泊中がから何とかなるだろうと思った。側面後方から太陽があたっているので、帆が影になって汚い。
 後日にぱしふぃっくびいなすが入港し、併せてヘリの遊覧飛行を撮影しに出かけた。客船の撮影ポイントもたくさんあるので、日時をチェックしてまだまだ行くことになるのだろう。
五月山に思う 能勢電なんか撮影していると、背後にそびえる五月山が気になっていた。あそこから撮ればいいだろうな。念願かない、昨日ようやく行ってきた。ここは車で行くと通行料300円かかる。それが行き難い理由か。なぜ行く気になっかというと、パソコンの通信速度が速くなり、ホームページがすいすい見られるようになったから。これでいろいろな情報が雪崩れのように得られることになった。そこで、五月山からこんな写真が撮れるのかとわかり、行くことになった。それは飛行機の写真なのだが。能勢電の方は滝山の手前と鶯の森の先にある鉄橋が撮影できた。日生エクスプレスも撮れた。空気が澄んでいないとだめだが、この日はまずまず満足できた。ただし、どこの展望台も似たり寄ったりだが手前の木が伸びたり、電柱が邪魔をしたりしている。これでは折角の展望がだいなし。飛行機が撮れる条件は年に数日だろう。大阪湾まで見渡せる。ビデオで少し撮ったたけにした。スチールなら1.5mはほしい。2007.11.22

南港と八尾 大阪南港へ行ってきた。もう冬の光線だから、入港を南側から撮影できる。宮崎航路が撮れるし、関西汽船も撮っておきたい。まずはみやざきえきすぷれすが撮れた。最初は晴れていたが、旋回中に曇ってしまった。それからは雲が厚くなり名門は撮れず。8時にさんふらわああいぼりが出航する。これは岸壁を譲るために沖へ行く。ここからはまた快晴。港外でさんふらわあにしきとすれ違い、さらに日曜は到着の遅いダイヤモンドフェリーさんふらわあさつまも加わり、三隻のさんふらわあが揃った。

 次は八尾空港。なんと変わりの無い所だろうか。ここは10年に一度でいいくらいか。それでも撮りに来ている人はあと二人くらいいた。昼前に帰る。2007.11.18

瀬戸の島旅 恒例の島めぐり第二弾は大三島方面。朝の五時すぎにお迎えの車が来る。今回は寄り道せずに、目的地へ直行する。まずは生口島で、三光汽船を赤崎と洲江で撮影。天気はいいが岩城島方面は午後の方がいい。郵便局にも寄り、多々羅大橋を撮影。瀬戸田で旅客船、沢で須波からのフェリーを撮影。えらく順調に進む。お好み焼きの昼食後、洲江でもう一度撮ってから、大三島へわたる。盛からは忠海へのフェリーがある。さらに宮浦で大三島ブルーラインも撮影。水産庁の船も来ていた。ここの民宿に泊まったが、魚が四品も着いた豪華りょうりだった。瀬戸内海交通のバスは港の岸壁が車庫になっている。2007.11.12

 翌日は大島へ渡った。ここでは伯方島との間に小型フェリーがあり、二回撮影した。さらに下田水から今治行きフェリーがたくさん出ている。来島大橋をバックに撮影できる。この日も天気は良かった。展望台にも行く。しかしいいことばっかりは続かない。その次に行った吉海から津島への船は撮れなかった。どこから出ているのかもわからない。さがしているうちにダイヤモンドフェリーが見えた。これは今治側から撮るのがいい。すでに昼便は廃止が決まったようである。最後に宮窪の砂浜から小型フェリーを撮って撮影終了。

 小型フェリーは大崎下島にもあり、次回に予定している。ここは歩きで行こうと調べたが、やはり車で行くのがいいようだ。おおさきバスの時間がわからないし、たいした町でもない久比にまともに行けるかどうかわからない。しかし、小豆島にも行きたいし、今治方面も先送りにできない事情がある。さてどうしたものか。2007.11.13

東京入換紀行01 またまた東京へ。今度は総会がある。早めに指定を予約しようとしたが、帰り便が土曜で満席だった。なかばあきらめていたのだが、難波へ行ったついでにバスターミナルに行き、空いてる便をゲット。千葉交通の銚子行きだった。これはかなりの空き具合である。浜松町に早着でながらにも勝つ。東京で朝の予定が混んでいる時には都合いい。切符は南海地紋だった。以前はJR券でガッカリしたのだが。

 この日は品川7:30からの任務だが、せっかく早くついたので銀河やサンライズを撮影する。ファンも多いような気がする。こちらの目当ては今や貴重なDE11。よ9月にロケハンしているので、うまく撮れるはず。ところで、まとわり着くようにファンが増えてくると思ったら御召電車の回送があった。それが去るとだれもいなくなる。DE11は予定通りに撮影できた。本当に近くまで来る。それから、まだ止まっていたE655を撮影する。総会までに時間があるので、隅田川貨物にも行き、神保町の営業もこなす。これでかなりの仕事をしたことになる。夜は新橋で懇親会があるのだが、その前に四日市の会員と東京駅ではやぶさ富士を撮影。このようにわずかな時間もむだにはしない。2007.11.
東京入換紀行02 大森で泊まった。翌朝は大森のホームから銀河を撮るつもりだったが、わずかに遅刻したようだ。蒲田でサンライズを撮影。それから品川で場所を変えてDE11を撮影。この日は雨だった。しかし、屋根の下から出ることはない。次の南千住でもホームからEF81を撮影した。前日空振りだった神保町の仕事を片付け、浜松町BTから青海へ。ここでマルエーフェリー入港を待つ。以前は早着で撮れなかった。今回は早くから待ったが、天気も悪いしギブアップ。外国人も多いし次回に先延ばし。あくまでも条件のいい時に撮らねば。早めにのぞみで帰ることにした。直前にMV予約する。前回は9月で1A席。今回も1A席だった。テーブルが広いぶん得した気分。
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