ないねんコラム

   ないねんコラム 2006.3.6〜

 

 


 

 
 

さとうきびトラック003 南大東島へ行きたいという人は多い。行くのは簡単で、那覇まで行き、あとは飛行機か船で行く。船は「ゆいレール」美栄橋駅から数分歩いた泊港から出る。大東海運の「だいとう」699トンで、夕方に出て、翌朝には着く。大人で4620円。手荷物は一人2個で20kgまで。年に60回くらい往復している。天候の影響をうけるので、いつ出るかはわかりにくい。行先は北大東と南大東で先行は交互に変わる。両島間を2往復して4日目の朝に那覇へ戻るパターン。

 飛行機は琉球エアーコミューターのDHC8 39席 で南大東行きは午前に毎日。午後は北大東にも寄る便が毎日ある。北大東〜南大東間は定期航空路線としては世界最短だという。運賃は6400円。那覇からだと21400円もして、これがネックになっている。東京や大阪からの格安の方が安い。格安といえば、大東島へ行く旅費よりも安い格安航空券で何度もヨーロッパまで行っている。一番安いのはユースのエンジョイパック+大東海運で往復4万くらいか。沖縄では安宿がたくさんある。

 島の滞在は所得に応じて、民宿金城の2000円からホテル吉里の6000円まで。中間層はプチホテルサザンクロスがいいだろう。ホテル吉里は2食付きの値段である。
さとうきびトラック002 さとうきびの収穫はほとんどが機械刈りになり、農家の労働は楽になった。季節労働者も減っている。機械刈とはハーベスターの事でこれにも種類がある。トラック併走タイプが多い。しかし、畑を傷める。キャタビラ付きで大きな網の袋に入れるのや、ホッパー式トレーラーもある。初期には畑を焼いてから刈取りしていたが、今はグリーンハーベスターで焼かずに刈る。さとうきびを運ぶトラックは鉄道跡の舗装道路を通って製糖工場へむかう。トラックは大東糖業の所有で、かつての貨車のようにナンバーが書いてある。工場に着くと、まず計量。さらにサンプリングを行い、糖度と不純物の割合を調べる。それから元ヤードの広場におろす。それをバケットローダーで順次コンベアに流しこみ、工場へ入っていく。製品はザラメと呼ばれる粗糖と、残り汁の糖蜜。これらはトラックで港の貨物船に運ばれる。ザラメはホッパーに移して吊り上げ、糖蜜は港の高台にあるタンクに移し、そこからパイプで船に送る。今回は島に着いた日がザラメの初出荷で、初荷の幕付きトラックが往復していた。

さとうきびトラック001 今年の南大東島でのさとうきび収穫は例年の3分の1という不作だった。ハーベスターが畑の端まで走ったらトラック一杯になったのが、今年は1往復半しないといけない。4月末までかかる収穫作業は3月はじめに終わる予定だという。

30年振りに訪ねてみると、大きく変わっていることもあれば、昔のままの部分もある。お世話になった新垣旅館は、その後農協会館となり、これが現在のホテル吉里である。秋篠宮さま夫妻も泊まっています。空港も新しい。島の東隅にありRWは02-20。以前よりは風向による欠航が減った。旧空港にも新旧があり、以前使ったことのある古い建物がまだ残っている。その隣にある新ターミナルはラム酒の工場になった。滑走路部分にもいくつかの新しい施設ができている。半分は残土置き場である。港湾整備等で発生した石や土が積み上げられている。港も変わった。大きな船は西港だけだったのが、珊瑚を削って、いくつもできている。西港は2隻着岸できる。といっても岸から少し離して着く。ケージを吊り上げて人が乗り降りするのは変わらない。風向によって着く場所が変わるようになっている。2006.2
姫路駅高架工事  が進んでいる。すでに本線部分はレールが敷かれ、架線を張っていた。その同じレベルを現在は山陽電鉄が通っている。JRが高架になると同時に、その下側を通ることになる。現山陽線の電車のレベルに橋桁ができるようで、前後の工事はほとんどできあがっている。盛土の高さだが、切り換え工事のために橋になる。その下を半地下で姫新線がクロスしている。先に本線を高架にして、その後下り本線の部分に支線ホームができるのだろう。さらにその西側には道路が上を越えていて、その切替も興味深い。播州赤穂までスタンプを押しに行ってきた。電車の間隔があくので待つのが寒かった。せめて、静岡や広島程度の密度にならないものか。スタンプは姫新線にもある。これは車で行った。三日月駅には無いようだが、委託販売券で有名な所。ところが駅前は再開発工事が進んでいる。販売店の部分が大きく掘り下げられて、その底で建設機械が動いていた。しかし、横のプレハブで切符は売っていた。だれもいなかったが、監視カメラがあるのか、すぐに別の場所から係員が現れる。以前の女性よりは約30歳若い人だった。佐用駅も新スタンプ。上月駅の直売所で味噌を買って帰る。2006.2.5

後でスタンプのHPを調べると、新しいスタンプはまだまだあることがわかる。佐用駅は駅員に頼めば別の駅ものあったのだった。また行かないといけない。
女城主の里  日本には様々な里がある。その隣は寒天の里で、そこへ行ってきた。どちらも今は恵那市になったようだ。明知鉄道の沿線で、女城主が岩村、寒天が山岡である。今の季節は寒天生産のシーズンで、点在する干し場に糸寒天の舟が並んでいる風景は壮観である。風情のある寒天工場もある。こんな所でもトロッコがあるのだが、辛うじてレールを撮影しただけだった。明知鉄道は風景が絶品で、線路だけでも絵になる。二日目は雪になり、寒天撮影は中止で、明知鉄道を撮影。車両は新型に変わっている。創業当初の古い気動車が山岡駅に放置されている。過疎バスもある。山岡の自主バスと岩村には上矢作町営。後者は東鉄の運行。東鉄は東濃鉄道である。明智にもこの会社が乗り入れている。この付近を走っているとしょっちゅう目にする。鉄道のイメージはバスには当てはまらない。土産に粉寒天と糸寒天を購入する。その他の収穫は道の駅が2ヶ所。それに、明知鉄道では着札を1枚20円で売っていた。二日目後半は中央線の駅を撮影。美乃坂本駅駅では他の車に邪魔された。駅前に止まっていたタクシーがうごいた後で、別の場所にいた車が一番迷惑な場所に移動。あの運転手はどんな性格なのだろうか。こちらもレンズ交換をしたので、タイミングが数秒遅れたのがいけない。最初から広角ズームに変えておけば良かったのだが、標準ズームの方が使用頻度が多い。直前に邪魔されることはしょっちゅうある。駅を撮ると、ついでにバスも撮れる。特に中部地方の山間部は過疎バスが多い。民俗の宝庫でもあり、知り合いが何度も祭の撮影に出かけていたのを思い出す。南木曽まで行き、土岐市にもどる。不安定な天気で雪もふるし、快晴にもなる。雪が写りこむのは困るし、晴れると逆光では撮れない。太多線は通り道なので、こちらも撮影する。可児駅はまともな逆光だった。姫駅は新築工事中。坂祝は日が当たっていた。無人駅になっている。スイッチャーはみんな屋根の下にいた。2006.2.3
う道の駅がある。この辺では特に母が偉大である。ここにもスタンプがあり、それを押して本日の任務終了。2006.1.29

パソコン壊れる
突然ピュッという音がして、画面が消えてしまった。電源部分のトラブルのようである。この文章が読んでいただけるのは、目出たくなおったから。暫くご無沙汰しました。ちなみにメール関係はシャープメビウス12インチ液晶を使っています。仕事関係はほとんどマックを使い、エクセルで作ったデータ等はランでウインドーズに移して、旅先でも見られるようにしています。通信はモバイルPです。
さて、広島からの帰りに姫路付近の駅スタンプが新しいシャチハタ固定式になっていた。神戸支社印は新しいので、神戸周辺は変化ないだろうと、勝手に考えていたのだが、17日には芦屋駅にも設置されていた。それなら総入れ換えのようだ。翌日に確認にでかけた。改札外設置の駅もある。西ノ宮駅は改札口に手押し型があった。ついでに旧印も押させてもらう。固定式はUSJ方面にもあるのだが、最近は使用できなくなっていた。綺麗な印影を持っていなかったので、どうなっているかと押しに行ったのだが、押すことができなかった。固定式はインクが薄い時にはどうにも押しようがない。できるだけ新しいうちに押すのにかぎる。つよく押すとインクがつきすぎる。均一なら押し方を調節できるが、片方が薄いと、反対側がインクベットリになる。何度もやり直すと結果は悪くなる一方で、最初にうまく押さないといけない。デザインは共通してゴチャゴチャした絵で、気にいらない。JRPS展が銀座で開催されたのでそのオープニングに出席するために東京へ行った。今回は往復ドリーム号である。早朝の東京に着くと、まず東京メトロのスタンプ収集。最後にのこった駅をかたづける。盗難で押せなかった南砂町で完了。それから東陽町に行き、越中島貨物駅まであるく。東京レールセンターを外部から撮影する。都合のよい足場の歩道橋があった。更に住宅地を抜けて、接近をこころみるが、高いフェンスにはばまれる。線路はここから先の豊洲晴海にのびていた。その廃線がまだのこっている。化成品センターの跡は大きなマンションになっていた。以前に撮影した同じアングルで撮影できた。ここから都バスで晴海に行く。去年の秋まで車庫に機関車が残っていたが、もうない。ヤード跡も開発がはじまった。春海橋はまだレールも残っている。都バスで銀座の会場に行く。少しだけ顔を出して、仕事を二ヶ所かたずけに行く。それから会場に戻りオープニングパーティー。翌日は雪だった。昼間もしっかり降っていた。数寄屋橋で新幹線とバスを撮影。ほとんど会場に詰めていた。写真展はカメラマンと気軽に話しができる機会なので、是非活用していただきたい。どんな機材を使っているのかとか、作品の前での方がいろいろなことを説明できる。プロだからといってなにも特殊な機材やフィルムを使っていることはない。ほとんどの人は身近に専門家がいないのだから、少ないチャンスを活用してほしい。この写真展は夏に大阪でもやります。こちらが忘れていた人からも名前を呼ばれた。何年もまえに同じ会場で会った人が、こっちのことを覚えていてくれるのだから、ありがたいし、質問にも丁寧に答えないといけない。鉄道趣味界の有名人にであえるチャンスもある。以前にショートズームの不具合について書いたが、展示写真をよくチェックしてみると、同じ現象を見つけた。絵柄によってはほとんど気にならないのだが、矢張ちゃんとしたレンズを使わないと。JRF社の人ともかなり長い時間にわたり話しができた。こちらは有用な話しが聞けたし、相手もファンレベルの話しをたくさん聞けて喜んでいた。

南大東情報 今年のサトウキビ収穫は1月21日から開始。かなりの不作で、1ヶ月程で終わる予定。写真集南大東島は民宿金城で販売。

 パソコン直りました。116日に出して26日に受け取る。保証金の2100円ですみました。マザーボード交換。
瀬戸内旅情  広島へ行ってきた。青春切符が一枚のこっていたので、それを帰りにつかう。行きは夜行バスにして、広島で一泊する。これでまとまった時間滞在できるのだが、これでも充分ではない。夜行バスは南海のサザンクロスであべの近鉄前から出る。行く途中に大阪駅で急行銀河を撮影。もう少し待つとシュプールも撮れたのだが、気づいていたら難波から乗るようにしたらよかった。寒くて撮影どころではないと思っていたのだが、そんなに寒くない。銀河はいつの間にか6両の短編成になっていた。廃止も近いような気がする。最後部はトワイラ色の電源車だった。広島行きサザンクロスは最終便だった。OCATでは久しぶりに蛍の光を聞いた。まだ真っ暗な広島駅新幹線口に着いた。南側へ行くには地下の長い自由通路を通る。以前に買っていた広電の一日カードを使う。宇品港へ行くことにした。行き先が広島港になっているなと思ったら、新ターミナルができ、線路が少し延びていた。曇っているが、船の出入りを撮影する。晴れていたら午後の方が撮りやすいようだ。古いクレーン船もいる。また出直さないとといけない。ここで船の切符も各社買えた。常備券もある。次は宮島口へ行く。西広島で乗換えて、結構時間がかかった。西広島ではコミュニティーバスのボンバスを撮影。かなりたくさん走っているようだ。宮島口からすぐの連絡でJR航路を使い宮島へ渡る。JRは大鳥居の前を通っていく。ここで宮島松大との差が出る。曇りだからパッとしないが、滅多に乗ることがないので、ビデオをたくさん撮影した。今回の目的は船切符収集で、宮島の二社はコレクターに理解があり、気持ち良く購入することができた。ここに常備券があるのは観光客が多い時には券売機で対応しきれないからだろう。JRの宮島口駅にも行き、スタンプを押す。以前にも押したが、メモ用紙だったから。すばやく天ぷらうどんを食べて広電にもどる。すると銘板目当てグリーンムーバーMSXがいた。三菱重工入りのグループ銘板がついている。これを撮るのが今回の目的で、そのための装備を持ってきている。うまい具合に下の席が空いていた。久し振りの早業で撮影。他の客にどう思われているのだろうか。さらに阿品で下車して、車外も撮る。2カット目はもううごいていた。こんな撮影が出来るのは自分だけだろうと思う。今回の目的はスタンプ収集で、広電で行ける駅をまわる。宮内串戸は駅が離れていた。ここから予報通りに雨がふってきた。電車を乗換えて横川にも行く。感じの良い駅である。ネットで消息のわかった後輩がいて、ここで連絡がつく。広電は充分乗ったので、ここからJRに乗る。この駅にもスタンプがあるはずなのだが、無い言われた。それであきらめることはない。こちらはそのために大金を使っているのだから。更に追求すると、かなり小さなスタンプが出てきた。広島駅では芸備線ホームへ行く。今回の目的はサボの撮影。芸備線には最近快速ができているので、新種が期待できる。とりあえず一種は撮影できた。更に急行みよしも着いたが、これは変化がない。今回広島に来た目的はEF67の補機を撮影すること。雨でもホームの屋根下からビデオ撮影できる。雨の夕方なんかなかなかいい雰囲気である。天神川は広島貨物の外れにあり、目の前にEF66が休んでいる。その向こうにDE10もいる。入換えにでてくるのもあるが、上り線からは撮れない。向洋も貨物を撮影しやすい。そこでも撮影してから広島にもどる。その途中で、天神川のDE10はまだ撮っていないナンバーだった。暗いし、使っている感じでもないので、明日撮影することにする。備後落合行きサボも変化無しのようだ。早めにホテルにチェックインする。荷物をおいて、すぐに駅にもどる。それから30年振りに後輩に再会。それから芸備線の通勤ライナーを撮影。サボもついているが、通勤の文字はない。広島では各線にライナーができているが、列車の表示はない。せっかく収穫を期待してきたのに、残念だった。翌日は朝から青春切符を使う。しっかり雨が降っている。通勤時には増結して8連になっている電車が多い。混色もある。まだ薄暗い天神川へ行くと、昨日のDE10は消えていた。上りホームから補機回送の到着を撮影。上り貨物の出発はうまく撮れなかった。呉線もあるので、複複線のようになっていて、邪魔される。少し時間があくので、呉までスタンプを押しに行く。快速で天神川に戻ったが、DE10はまだいない。次の課題が残った。本線貨物は海田市、東中野、瀬野でも撮影。できるだけたくさんの地点で撮影しておきたい。しかし、牽引機がバラバラになって辛い。次は駅間で撮りたい。安芸中野の川ぞいや瀬野の俯瞰が撮れる。貴重な補機付き区間だから、もっとたくさん撮っておきたい。瀬野で列車撮影は終了。スタンプを集めながら帰る。本郷と松永に寄ることにする。本郷でも駅スタンプが無い言われたが、ねばると観光印が出てきた。次に乗る電車は瀬野で障害物があったとかで、15分遅れ。その後の電車は運動の目処がたっていないようだ。松永でスタンプを押しつつ、後続の三原発姫路行きに乗換える。ギリギリだった。その後電車は順調に走った。まだ早いので、もう一駅のスタンプをゲットすることにした。姫路岡山間はまだ押していない駅がたくさんある。いつもここで途中下車する余裕がないから。車で行く範囲なのに成績が悪い。姫路行き電車の客の多くが相生で降りる。後続の新快速に乗換えるから。その乗換えを英賀保駅でおこなう。ここも古い駅舎と跨線橋があるが、跨線橋は新設工事中だった。駅の写真も撮っておきたい。駅員にスタンプを所望すると、そこにあると指さした。新しいシャチハタの固定式があった。まだ新しいのか非常に綺麗に押せた。少し多く押しておく。姫路でも降りた。食事したかったから。とこらが、ここでもシャチハタに変わっていた。ひょとしたら全部変わっているのかもしれない。シャチハタは綺麗に押せる時はいいが、インクがうすい時は困る。特に固定式は。2006.1.14
出発進行 大阪府警の観閲式もすませ、日常業務に戻ります。今年の年賀状は赤字でした。つまり受信の方が少ない。私信を読ませていただいても、家業廃業等の話題があり、心が痛みます。かつて私が勤めていた会社も去年廃業したと知りました。株価高騰に沸くニュースを見ていても、社会の実情を伝えていないと思う。報道とはむつかしいものである。鉄道を伝える立場としても、物流の柱である鉄道貨物に目を背けない姿勢を保っていきたい。西宮市の出初式にも行った。車両の数はたいしたことないが、いい場面で晴れてきた。今回はビデオもチェックをおこたらない。ところがスペアの電池がない。最後に撤収を橋の上から撮れたのに、そこで終わってしまった。その後、サイドビューの撮影で岡山方面へ行ったり、川重の新製EF210甲種を撮ったりと、活動しています。雪国の人には申し訳ないのですが、天気にも恵まれています。ちょっと寒いけど。これからは広島へ行き、さらに写真展があるので、また上京します。2006.1.10
 
初写し  まずは堅田へ。着いてみると、前にも来ていると、思い出す。しかし、天気はいいし、江若バスはたくさん撮りたいし。駅も朝なら順光になる。本線列車が通過する時に撮ると良い。バスは3パターンくらい撮れた。次は石山へ行く。タンク車4両がとまっていた。ここは京阪の駅がJRと横並びになった。JRの駅を撮ろうとしたが、まだ工事がつづくのか、さっぱり絵にならなかった。バス乗り場は駅前に戻り、京阪と帝産湖南と小型の近江が来る。ロータリーになっているので何とでも撮れそうだが、それほどでもなかった。やたらと人が前を横ぎる。2階からも電車を入れて撮れるが、光線は夏の午後がいい。この次は阪和線に向かう。大阪で環状線の103に乗るまで、すべて223系だった。三国ヶ丘で、南海の券売機でJRの切符を買う。百舌鳥でスタンプ。この駅は上下のホームが独立している。スタンプは上りホームにあり、一度外に出て移動する。駅員にたのまなくても押せる所はめずらしくなった。状態が悪いのではと思ったが、非常にきれいに押せた。サイドビュー撮影のロケハンができた。223-2500の識別もわかる。それから和歌山へ
行く予定だったが、変更して関西空港へ行く。天気もいいし、きれいな夕日を期待して。島内バスは片道100円。展望ホールは入場無料。夕方にノースウエストがいない。チャーターらしい757がきた。1810の快速で帰ったが、非常にすいていた。2006.1.1
最後の撮影  いよいよ最後の日がきた。バスの始発が日曜ダイヤで6分遅い。これで何回泣いたか。年末年始乗り放題切符をつかう。今日使ったら明日も使える。一日800円で割安だ。上り普通の後部からブルトレ撮影。甲子園口停車中にきた。塚本ではすぐに「きたぐに」回送がきて、撮影できず。上りホームにビデオをセット。銀河やサンダーバードが撮れた。今回は関西線をせめる。ながく懸案だった平野加美三郷のスタンプゲット。平野のバス進入がなかなかいい。線路工事も車内から撮影。奈良は進みすぎでおもしろくなかった。奈良旧駅バックにバスを撮影。木津のスタンプは新しい。駅はこれから建替えのようだ。区間外になるが、伊賀上野で下車する。ここには保線基地がある。集中工事にまた来ようか。ここで、キハ120をビデオ撮影。近鉄伊賀線も撮れる。次の上りは15分遅れだった。関西線は駅も沿線も古い雰囲気がよく残っている。柘植の広い構内も変わっていない。草津線に乗るのも久しぶりだ。初回はSL牽引の夜汽車だった。草津で乗換えて、南草津で下車する。この駅で降りるのは初めて。開業から何年たっているのだろうか。南側にはビルにかこまれた広いバスターミナルがある。上から下から、様々なアングルで撮影できる。しかし、嫌いな近江バスが多い。近江は好きだが、ライオンズカラーが嫌い。帝産湖南も来て、屋根のロゴが撮れる。曇むきの撮影地である。今年の撮影はこれで終わり。快速から新快速に乗換えたら少し早いのだが、乗った車両がクモハ221-1 だったので、そのまま芦屋まで乗った。2005.12.31

またまた東京 最近は月2回のペースになった。今回は青春切符で往復する。これだと新幹線片道分で往復してホテルに泊まれる。一番バスに乗って芦屋へ。すぐにキタ普通で大阪まで行き、始発の新快速に乗りかえる。まだ通勤客で満員である。新大阪できたぐにとすれちがう。京都では雪がちらつく。石山にタンク車が見えなかった。膳所や守山の側線はまだのこっている。野洲からは雪景色になった。米原では接続が悪く、入場券を買って新幹線を撮影する。スプリンクラー作動して、ホーム間の雪は溶けていた。のぞみはあまりスピードおとさずに通過していた。211系のロングシートで大垣へ。帰省らしい学生がおおい。ひきずりバッグが目につく。この時期に老年68切符は少ないようだ。近江長岡付近は快晴で、伊吹山の雪景色がうつくしい。関ヶ原で途中下車する予定だったが、靴が濡れたら嫌なので、先をいそぐ。大垣では浜松行き新快速に乗換える。こちらも満員。ちゃんと切符を買った客がすわれないじゃないか。JR東海の分配金は少ないし。岐阜でも雪景色。名古屋にもまだ少し雪がのこっている。今回はエルムの上野発車に間に合えばいいので、余りの時間はスタンプ収集にあてる。安城からはじめる。赤いスタンプだが色がうすい。前回もそうで充分に補充したはずなのだが、効果がない。買い換えないといけないのか。安城にはコミュニティーバスもあり、バス停看板だけでも撮っておく。駅舎も条件が良いと撮影する。蒲郡はすでに完全高架。日の当たる海側は名鉄の駅である。東部観光バスのバス停があり、タイミング良くバスも撮れた。北側はJRの旧駅舎がまだのこる。三ヶ根にも幸田のコミバスがあった。サンライズバスといいのもある。時刻表をチェックして、静岡1530に乗ることにする。豊橋から先は袋井掛川島田に下車する。袋井は近年雨の日に降りているのをおもいだす。スタンプは2個あった。改札口でだしてもらうのだが、普通の客が優先。切符をなくした若い女性がいた。あれこれ説明すると、駅員はもう一度はらってくださいと言う。それで素直にはらっている。大阪市営なら 今度から気をつけて と言うて出してくれる。JRは広いからそうはいかない。稚内からはらえとも言えないし。しかし、どこから乗ったのかは客の申告であ
る。ここではわずかな時間しかいなかったが、もう一人若い男の客も切符をなくし、さっきの女とほとんど同じ話のやりとりがあった。そんなマニュアルでもあるのだろうか。駅前バスはシズテツジャストだが、秋葉バスサービスという未知のバスにも遭遇した。このようにスタンプ目あてに途中下車すれば、だれにも知られていないようなバスを発見する。豊橋から島田まで乗ついだ電車はすべて113系だった。ボックスシートでゆられると旅の気分がもりあがる。島田からはロングシートだった。疲れもあり睡魔がおそう。鶯谷のスタンプを押して東京支社制覇。エルムを撮りに来ていたのは30人くらいで、ほとんどが携帯。こちらは接近したいが、みんな接近している。まともに撮るのは大変だろな。CメールのA氏が来ていた。秋葉原で別れ、緑ホテル水道橋でプロジェクトX最終回を見る。

 翌日は帰るため、東海道をくだる。185系の伊東行き普通に乗れた。この日もギンギンに晴れている。熱海で乗換える。すぐに席がうまる。青春切符が多く、途中で席を立つ人が少ない。静岡県内には駅員常駐していない駅が多い。五月雨式にしまるのだが、その時間はネットでわかるが、書きうつす時間がなかった。今回は見送る余裕がある。次からは駄目だ。由比は車内から確認して下車する。スタンプは2種あった。高い所に旧道があり、海も入れて駅を撮れる。興津でも降りた。運良く駅員がいた。ここは駅舎が南側なので、写真が目当て。バスの撮影条件にもめぐまれた駅だった。清水でも下車。合併で静岡市になり、駅も新しい。逆光になるが。ここにもバスセンターがあり、撮影しやすい。磐田は遠鉄バスのエリア。磐田市自主バスもあり、撮影できた。駅舎も新しいがまともに逆光だった。鷲津にも下車。ここでスタンプ用紙が終わる。駅の撮影条件は最高だった。豊橋から米原行き快速に乗る。今回は名古屋は素通りだった。2005.12.30

デジカメの思い違い  文通相手がカメラのことでなやんでいるようだ。彼は未だにモノクロ銀塩にこだわっている。ところが処理は外注で、そこが廃業するので、どうしたものか。何年も前からデジカメを奨めているのだが、いろいろとコダワリがあるようで、決断できないようだ。デジカメをするのはパソコンからで、ものになるまでは結構時間がかかる。しかし、やらなければ、いつまでたっても進歩がない。デジカメの欠点とおもわれている事も、大抵はカメラを使いこなすか、パソコン処理で解決できる。しかし、それを初心者に伝えるのは非常にむつかしい。大多数はフォトショップ等つかわずに楽しんでいるようだ。ブリントするだけなら、それで充分だろう。記録は発表を考えると、やはり処理ソフトと保存をよく考えておかないと。私の場合はパソコン5年目で漸く方針がかたまってきた。これからは容量とのおいかけっこになる。DVDに焼きはじめた時には、一年分の写真が一枚におさまったのに、今は7枚になった。どんどんふえている。今使っているカメラはイオス20Dフルサイズでないから駄目だというアマチュアもいる。あれで充分である。Sサイズで撮っても、A4サイズにやける。4×5のような画質で。広角に弱点があったが、今はクリアーしている。歪みもなおるし、部分的な色調整もかのう。ところが、単焦点の標準レンズが無いという意見。最初はなんのことかわからなかった。フルサイズの5Dは高くて手がでない。らしい。普段手札しかやかない人の意見とはおもえない。銀塩にこだわるなら機械式の中古を何台か確保しておくのも選択肢となる。世界的にはフィルムがなくなることは当分ない。スキャナーでデジタル化は、すでに撮影したのは仕方がないが、新しい写真の変換はやっていられない。品質もおとる。何を買うのがいいかていえば20Dを奨めるが、イオスキスでもいいだろう。レンズもSタイプのズームがある。耐久性は安いほどおとる。結局は高いカメラを大事に使うのが経済的である。普段あまり撮らない人の選択がむつかしい。近頃の現場での傾向では携帯や超コンパクトが圧倒的に多いようだ。私が子供の頃に撮った写真はネガが残っていて、今も使っている。しかし、多くのアマチュアが撮影した写真はのこらない。記録の欠落がないように考えていきたい。どんなカメラがいいかは、昔から考えていた。今のカメラはかなり理想に近付いている。これ以上何を望むのだろうか。大事に使って、壊れたらまた買い換えたらいい。記録メディアはどんどん進歩するから、それについていくしかない。重要な事は今ある機材をどれだけ活用するかということ。時間は逆戻しできない。

 デジカメは後処理できるので、撮影チャンスが増えた。条件の悪い時でも、おかまい無しに撮影できる。明るい曇天が撮りやすい。夕暮れや夜でも、見えていたら写る。色調整もいらない。といって、なにも考えないのではない。どうすればもっと綺麗に写るのかと、真剣に条件を考えて撮影する。カメラは小型でも、能力は4×5を越えているのだから。手を抜けば後で大伸ばしした時にわかってしまう。思えば凄いメカをあつかっていることになる。それをどれだけ認識して使うかだ。2005.12.30
犯人わかる 以前にA4プリントしたら、片ボケのレンズがあると書いたのだが、その犯人がわかった。白ではなくて黒いLレンズの24-70 2.8Lだった。高くて重いレンズながら、性能的には信頼していたのだが、見事に裏切られてしまった。重要な撮影にはいつも使っていたのだが、いったいいつから悪くなったのか。少なくとも今年の夏にはボケテいる。それに気が付かないのも暢気なものである。最近は重要な撮影が無いというのが原因か。プリンターでA4を出力していなかったので、気づくのが遅れたといえる。しかし、A4に出力してみれば、まさに4×5で撮影したような仕上がりになる。これだとレンズの欠点もすぐにわかる。インク代がかかるが、これからは定期的につかわないといけない。カメラは20Dを使っている。画像サイズはS M L3種類を選択するようになっている。通常はMを使う。条件の良い撮影でLを使う。小物の記録等はSサイズで充分。たまに切り替えを忘れて、列車をSで撮ることもあるが、A4サイズでは、伸ばしてもわからない。すべてJpegだが、RAWも少しは撮影する。これは生データのまま保存している。一年に撮る量も年々増えてきた。今年はDVD6枚くらいになりそうだ。最初は一枚で済んだのに、今後のことが心配だ。ハードディスクにも入らなくなるだろう。2005.12.24
初雪 今年の初雪は1222日だった。前日の天気予報がずばり的中で、前夜の雨が朝には雪になっていた。たいした雪ではないが、車は使わない。自分がチャント冬装備していても、他の車が夏タイヤのままでは、まともに走れない。いかなる事情があろうとも、夏タイヤは非常識きわまる。家の近所ではバスもタクシーも運休だった。去年の大晦日から撮りたいと考えていた事があったので、出かける。パッチ、オーバーズボン、登山靴下、長靴を装備。駅まで歩く。途中で夏仕様の車が何台も立往生していた。降雪もはげしいので、最寄りの夙川駅でもいい写真がとれる。クリスマスツリーを入れて駅を撮る。それから、電車の通過シーンも迫力満点。甲陽線の到着も撮れた。それから西宮北口でも同様に撮る。ここでダイヤが乱れ、上りが着かなくなった。しかし、今日の目的はここではない。宝塚に移動し、JRに乗変える。雪景色の中で207の新塗装が止っていた。ダイヤが乱れているとのことだったが、すぐにのれた。三田の手前で先行の201に追いつき、止ってしまった。先頭からガラス越しに前方をビデオ撮影する。なかなかいいカットが撮影できた。新三田駅にもなかなか入れなかった。カメラを横に向け、道路を撮影する。なぜか八風バスが通る。さて、新三田で神姫バスの雪景色を撮る予定だった。天候条件は申分ないのだが、バスは運休である。といっても、少しは走っている。かなり待ち、一台だけ来た。その後、大阪にでたが、こちらはかなり溶けていた。2005.12.22

東京スタンプめぐり  また東京へ行った。今回は営業や打合せの予定も多く、撮影の方はさっぱり。そんな時にかぎって快晴だった。東日本の車両工場名が変わり、新種銘板が発生しているのを何枚か撮る。東京メトロ探訪で綾瀬に行くと、朝日バスというのが走っていた。北綾瀬へは一駅区間だけの6000ハイフンが使われているのだが、これに汽車東京の古い電車の車内銘板があった。同じタイプを大阪市交でも撮っているが、こちらは字が緑色である。写真は撮りづらい位置だったが、寸法は記録できた。次に出す終戦直後東京の電車の現状チェックもできなかった。何人かの人にゲラを見てもらい、結構受けたので、更に説明を充実させたい。スタンプは東京メトロを完成させたかったが、少し残してしまった。JR東京支社も1駅残す。都営地下鉄は全て新印になったのか。1からやりなおしになる。仕事をすませ、3日目は青春切符で常磐探訪。スーパーひたちの方向幕を各種撮影。水戸の特大スタンプも体験した。これは書泉グランデで売っているスタンプ用紙にはいりきらない。と思って紙二枚をずらして押した。しかし、帰ってよく見れば、ギリギリで一枚に納まるサイズだった。外の観光案内所に通常サイズ印がある。沿線のバスは古いタイプがたくさんのこっているようだ。茨城交通や日立電鉄がたくさん撮れたが、今度は常磐交通をもっと撮りたい。いくつかの駅でスイッチャーを確認する。放置状態も何両かあった。撮るとすれば、荒川沖と日立である。泉でわずかな滞在中に福島臨海のDLが撮影できた。ここも何年ぶりだろうか。
帰りはドリーム号だった。ほぼ満員。関ヶ原は雪で除雪車先導の徐行運転だった。交通量が少ないのか、渋滞にはならなかった。しかし、浜松付近の工事通行止めで時間がかかり、到着は一時間程遅れた。2005.12.18

ユースホステル 先日阿蘇ユースホステルにとまった。ここは名物ペアレントがいて、ミーティングで面白い観光案内をする。かつてはお客さんで溢れていて、予定を変更して阿蘇火口へ行く人も沢山いたものだ。それから何年たつのだろうか。おじいちゃんだったペアレントもすでに引退し、その奥さんが後をまもっていた。長崎ユースも最近解約になった。ここでも熱のこもったミーティングで長崎原爆の話がきけた。Pは別の新設ユースにうつったようだ。このように初期からなじみのあるユースが次々となくなっている。富山・日光・名古屋・等。かつて泊まったことのあるユースの名前がガイドブックに載っていないというのは、なんとなく寂しい。会員の更新は毎年続けているが泊まるのは年2回ぐらいか。なんといってもビジネスホテルの方が便利だ。レンタカーならジャパレンが2割引になるが、使ったことがない。東日本フェリーの割引は何度も利用している。ところが、新しいガイドブックを見たら、阪九や名門大洋も割引になっている。インターネット割引との関係がわからないが、これは利用価値がある。一方で 新しいユースはふえている。こんな所にもできていたのかと、おどろくこともある。大抵はペンション風である。少ない定員でよくやっていけるものだと思う。ユースに泊まること自体は目的ではない。ようするに便利な所にあれば、何度も利用する。よく泊まったのは富山・ウトナイ・塩狩・武雄温泉・小諸・松阪等がある。車で行くと駐車場がきになる。電車で行くと、便利さが優先する。東京国際も利用するが、ここは満室になることが多い。ヨーロッパで大都市のユースを何度も利用している。こちらが本場になる。当日でも大抵とまれる。ユースというのはベットで沢山の人が安く泊まれる所だ。大都市のユースはいつも人が多い。世界中から旅人があつまってくる。時間も自由で、夜の十時でも受付が賑わう。門限の無い所もある。他の日本人旅行者と情報交換もできる。

日本のユースは役所的に時間に厳しい。大広間にザコ寝をさせる。ミーティングがある。罰ゲームがある。3000円以上なら安くない。といった事情で客は離れていった。シーズン中でも閑古鳥ということもある。日本式ユースは滅びつつある。2005.12.10
枯葉舞う 九州へ安く行くには一般道をひた走って行くにかぎる。ガソリンだけなら5千円くらいか。高速を使ったら1万円アップする。フェリーだと2万円くらいか。今回は朝に大分へ行きたい。小月から小倉東だけ高速を使い、行橋付近でマルヨ。実は今使っている寝袋はホームセンターで買ったもので、前回北海道で使ったら、寒さで良く寝られなかった。1号機なら雪の時に使った事がある。しかし、どこにあるのか見当たらない。おいておけば防災グッズになるのに。2号線を朝の十時から山口まで走れば、途中で買えるだろう。と思って気にしながら走ったが、バイパスが多いせいか、スポーツ大型店もなく、ホームセンターも少ない。売っているのは夏用のままだった。これでは凍死するかもしれない。行橋では5時に起きる。ここから大分まではまだ走らないといけない。九州は夜明けが遅い。宇佐なんかまっ暗だったがスタンプゲット。亀川でようやくあかるくなる。このあたりにも明治の駅がいくつか残っている。西大分駅も古い。ここはダイヤモンドフェリーを降りたらすぐの場所である。この駅に現役の20トン移動機が動いていると教えてくれたのは尼崎のH氏だった。何しろ移動機が動いているのを撮影できる場所はもはやほとんど無いのである。貨物列車は九時すぎに到着する。移動機は協三の20トンで、朝早くから動いているようだ。フォークも頻繁に動いている。ホームからでも見えるけど、外の道からなら正面勝ちにもアングルを変え、本線列車も入れて撮影できる。ED76がコキを押し込むと、その後移動機が転線。途中に踏み切りがある。引き上げ線の先には港に至る貨物線の跡が残されている。道路横断部分がはっきりわかるようになっている。かつてはこの先に10トン機がいたのだった。ED76は南延岡までゆっくり走る。スタンプ収集しながら先回りする。佐賀関が何故大分にあるのか不思議である。九州の道の駅でも記念切符を売っていた。津久見にも久しぶりに行った。ミカンとセメントの町である。そういえば大分鉱業の上部軌道はまだ使っているのだろうか。南延岡は旭化成で、DLは元関西フレートサービスの35トン機。青い塗装もそねままである。かつてはBLだったのに、もっと撮っておけばよかった。南延岡にさっきのED76が到着する。同じ頃に工場からDLが出てきて、駐車場横まで出てきた。そこで、ホースで水をかけて洗車している。そのうちED76はコキを下り線から上り線に移す。そこでパンタを下げてしまった。DLがコキを取りに出て来る気配はない。あきらめて、延岡駅へ行く。高千穂鉄道は全線休止だったのか。切符を買えないのはつらい。高千穂の大和屋も廃止か。阿蘇ユースを予約する。高森駅にはたくさんスタンプがあった。切符は1種類のみうっていた。買えただけでもありがたい。阿蘇ユースも久しぶりだった。名物ペアレントはもういない。翌朝トイレで気づいたのだが、ここには潜水艦のようなものが置いてある。なんでも西武系のプリンスワールドで使っていたという。翌朝は快晴だった。豊肥線のサボを撮影。肥後大津行きというのがあった。宮地駅にもスタンプがたくさんあった。それから阿蘇観光牧場へ行く。北陸重機のDLはまだ残っていた。おりしも雪景色の久住山をバックに撮影する。それから日田へ行く。日田バスはとれない。ここにも撮っていないサボがあり、夜明で撮影。委託切符も買う。晴れなら杵築でソニックを撮影したい。しかし、昼から曇りになった。それなら長崎の予定だったが、それも動きすぎ。田川伊田で平筑の特補を買う。新飯塚で泊まる。2005-12
吹田が好き 最近は吹田界隈によく行く。新大阪・東淀川・吹田・岸辺のホームから貨物列車を撮影する。関西ではまだDD51の貨物も城東貨物線に走っていて、吹田で撮影できる。機関車だけなら岸辺でも撮れる。岸辺駅上りホームの京都寄りにはいつもファンがいるようだ。正午前後には下り貨物や梅田貨物経由の特急が左頭で撮れるのもありがたい。入出庫のELや吹田工場の試運転も撮れる。ここでの目当ては10時過ぎに来る新潟の赤いEF81貨物で、冬場のみ前に日が当たりる。12時半ごろにはEF510の出庫がある。これはEF210を後ろにつけて出てくる。後追いが順光になるので、単機で出てきてほしい。EF5105号まで確認している。順調に数が増えているようなので、来年の春には撮影チャンスが増えると思う。夏の早朝にはこれの大阪貨物からの回送も見ものである。吹田の構内は最近工事をしている。線路が微妙に変化している。おそらく信号場の統合があるのでは。下り出庫車が岸辺を通るようになったのは有難い。しかし、城東貨物の列車が吹田で本線下りを通るのがある。これはケーブルがかかるので良くない。本線下りは東淀川か新大阪で撮影する。10時半頃には重連になる列車もある。広島車両所への回送が付く。貨物を追っかけていても、その反対側を様々な特急が通りすぎる。トワイライトはなぜか全然人気がないようだ。485の雷鳥はまだ走っている。以前のうわさではもう無くなっているはずなのだが、時間の問題だろう。少数ながらDE10の列車も百済と安治川口に向けて走っている。元はこれが目当てだったのだが、撮っているうちに欲が出てきて何度も行くはめになってしまった。

プリンター  去年だったと思うが顔料インクの8色プリンターを購入した。エプソンPX-G920 これをあまり活用していなかったのだが、最近になって使いだした。なぜ、使わなかったというと、思ったより良くなかったから。ノズルが詰まってもいないのに縦縞が入る。色もパッとしない。色の件は解決した。じつはイラストレータで処理したデータをプリントしていたのだが、それではダメで、フォトショップでやらないといけない。それでは複雑なレイアウトはきれいにプリントできないのかという問題が残る。
 ポストカードのサイズでプリントすると、かすかに縦縞が入る。鉄道写真ではあまり気にならないが、飛行機や船だとかなり目立つ。解像度を変えてみてもダメだった。しかし、L判やA4サイズだとうまくいく。いったいどうなっているのだ。
 初めてA4の写真仕上げをやってみたが、なかなかいいものである。モノクロは白黒を選択しないと変な色になる。引き伸ばしの苦労をしなくても、非常に満足のいくプリントを簡単に手にすることができる。非常にシャープである。何枚かやると、問題画像もあった。左遠方だけボケているのである。あの安いレンズ(28-135)かと思ったが、確認してみるとそうではない。とすれば犯人は白いズームレンズ3本のどれかといことになる。
 このように大伸ばしすれば、カメラやレンズのチェックも簡単にできる。しかし、インク代がたくさんかかってしまうが、これも仕方ないのか。

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